ママからラッ君への手紙



15年弱の犬生で
パパを見上げるラッ君の顔 ヒロママより

何度も何度も手術を繰り返したラッ君 本当によく頑張ってくれたね
最初は手首の腫瘍だったよね 
直径1cmぐらいの腫瘍をママが不注意で踏んづけちゃって
それが原因でA先生による 緊急日帰り手術 
それが初めての手術。

手首の手術 手首の手術痕

そして右足の膝のお皿の嵌め込み手術 亡くなる前の左ひざと同じ状態で
手術をするしか歩けるように成らないと聞き その筋の名医と聞いたT先生まで
少し遠かったけど 一緒に通ったよね 
これは 大手術で 長い時間掛かってのOPで 直後動かすのは無理との事で
一晩お泊りに なっちゃった 寂しかったし不安だっただろうね ごめんね
初めてのお泊り手術で 一晩中鳴いて居たんだね・・・
朝、先生からの電話の向こうから ラッ君の「早く迎に来て~~~!」
の声が聞こえていたよ ママは すっ飛んで行ったわね!!

右足のOP帰宅直後 右足の手術

その直後程から 左足の膝も同じ様な症状に成りかけている事を知って
でも 右ひざ関節の手術は とても 大手術だったから
帰ってきた時の ラッ君の顔や表情は疲れ果てていて
このまま死んでしまうのではないかと 心配するほどだったのよ
丁度爺様もその日から預かる事になってしまったし 
手の掛かる介護人が2人・・・ ママは気が狂いそうだった・・・
そんな気持ちが分かるのか ラッ君は中々寝てくれず 
グズグズ言いだしたね
今から思うと ママを外に連れ出そうとしていたのかな?
何時も 爺様の事で苛々したら ラッ君に癒されていたものね
ラッ君が居なかったら ママはとっくに気が狂っていたかもしれないもの

台車ラッ君

そんな折 灯油を買いに行く為に使っていた 台車をご近所さんから分けて頂いて
台車に ラッ君のお布団を敷き 公園まで行く様になってたのよね 
愚図ると お散歩に連れ出す 帰ると 凄く気持ち良さそうに寝てくれるようになったよね
歩けなくても やっぱりお散歩は必要だったのよね♪
お散歩から帰ったらママの苛々も なくなってたし
毎日台車でのお散歩が日課になったね~

台車のラッ君号1号

その頃 ゴロゴロと大きな音がする台車じゃ 幾らお布団を敷いていても

ラッ君に響く振動が大きいし 何とかならないかな~と
楽天のオークションでベビーカーのA型を探し始めるが中々ない・・・

オークションに出品されたら 通知が来るように設定するしたのよ♪^-^*

お花が大好きだったラッ君

次の診察の時 先生は左ひざも同じ様にOPをすると仰った・・・
「私なら治せますまた歩けるようになります。」と キッパリ仰る・・・
パパとママはラッ君にこんな手術をもう二度と経験させたくないと言う思い一心だった
相談して決めてきます と先生に告げ・・・・
家族で話し合った結果 手術はさせたくない と決まったのよね

そして 新しい 今のM先生に巡り会ったね
優しい風貌のM先生にもやはりあなたは懐かなかったね
右足は治り 左足は時々少し突っかかる感じは有ったけど
自力での お散歩ができるように回復したよね 

階段も登れてた頃 歩けるようになったね

ヘルニアで 膨れたお尻をしていても・・・ 
特に困ったことも無く 随分長い年月 無事に 過せていたのに
何時だったか 夜中に よっぽど辛かったのだろうね 鳴いて鳴いて納まらない
夜中にやっている獣医さんを彼方此方探したけど 見つからなくて 
やっと連絡の着いたA獣医さんは 朝5時に成らないと開けてくれないらしい
お兄ちゃんが4時半起きで連れて行ってくれた
最初の手首のA先生だったね
膀胱がヘルニアに出来た穴に入り込んで 尿道が圧迫され
シーが出なくなってしまって 苦しんでいた・・・
何とか尿を出そうと試みてくださったけど 一番細いカテーテルも入らず シーは出なかった・・・
膀胱に直接 針を刺して 出してもらうと すっきりした顔になったラッ君♪
萎んだ膀胱を 穴から体の中に戻されて 
緊急処置 の後 何時ものM獣医さんが開くのを待って駆け込んだね

何時もの獣医さんは 緊急手術をするしかないと仰ったのよね・・・ 
このままだと命が無いとも・・・
もうこの歳だから このまま天寿を全う出来るようにと思っていた私達家族だったけど
でも こうなったら仕方が無い ラッ君のためだ 辛い姿は見ていられないし
大きく広がっているヘルニアは一度では治らないと仰る
三度に分けて 手術するしかないと言う説明をパパと二人で受けた 
手術して2週間後 抜糸が済んだら又次の手術・・・それが済んだら又次の手術・・・
聞いただけでもママは気が遠くなりそうだったわ・・・
本当に怒涛のような日々だった 

ヘルニアの手術1回目終了時

ラッ君も辛かっただろうね よく我慢してくれたね
その度に 我が家に帰ってきてくれてありがとう! 
連続する痛さの余り 何日もウンチが出なかったよね 心配したのよ・・・ 
公園に行っても出なくて 抱っこで連れて行く公園まで徒歩1分が
10分にも感じるほど遠い長い・・・又 台車の出番 

そんな折 楽天のオークションから連絡が入ったの 
A型ベビーカーが出品されましたって。
早速 出品者に直接理由を通知すると快く承知してくださって
オークションを取り消し 直ぐに発送手配してくださったのよ♪
届いたベビーカーは 当然人間の赤ちゃん仕様になっており 
少し部品を外したり 足したりしてラッ君が伏せ出来るように工夫してみたのよね
それを横で不思議そうな顔をして見ていたね^^
しかもベビーカーの大きさはラッ君に 誂えたような出来栄えだったのよね 
台車に乗り慣れているラッ君は 何の迷いも無く 後から名付けた「ラッ君号」に乗ってくれたね
乗り心地もとっても良かったのでしょう♪

ベビーカーのラッ君号2号

ヘルニアの手術は三回に渡り行なわれ その度に 病院へ迎に行った
夜中に成っても 迎に行ったね そして家で療養すると言う日々が続いたんだね

こんなに素敵な笑顔も見せてくれるようになった


その後 何の問題も無く過してきた3年近く・・・
こんなに素敵な笑顔も見せてくれるような生活が続いた
いっぱいいっぱいパパとママと色んな所に出かけたね~
ドライブが大好きだったね~

7月の3日と10日に心臓発作のような状態に陥って 吃驚したわ
急にバタンと倒れたんだもの こっちの心臓が止まるかと思ったほどよ
その後11日には嘔吐が止まらずsmatiさんやルナママさんにも心配を掛けてしまったね

このところの酷暑が原因なのか 8月に入ってから かなり食欲が落ちてきた
悲しかったよラッ君・・・
いつもなら喜んで食べるおやつにも興味を示してくれないんだもん
どうして食べてくれないの? もう自分の体のスイッチを切ろうとしてたの?

07年8月29日の夜 今思うと・・・
よく寝ているラッ君を起こしたら可愛そうかと思いつつ 
毎晩 寝る前にシーに行くから
何時ものように「ラッ君起きて!」と言ったら 中々おきてくれなかったよね
何度も「シーに行こう」「ラッ君起きて!」って言ったら やっと起きてくれたね
抱っこして階段を下り ラッ君号に乗せた もう右に体が傾きだして数週間目だったね
ウンチが この時で 5日ほど出てないことも気には成っていたけど
食べてないから出ないのも仕方がないと思って シーだけさせたのよね
家に帰って寝かせたのに 今度は中々寝てくれない・・
これが最期の夜のお散歩になるなんて・・・・
さっき迄は あんなに寝てたのに 起こさなきゃよかった と少し後悔したわ
その日は一晩中 寝られない状態で 朝までウロウロしていたね
凄く しんどかったのよね
まさかそんなに状態が悪いとは分かってあげられなくてごめんね
眠いのに寝られなくて 半分 キレ気味のママだったね 
許してね ゴメンネ もっと優しくしてあげればよかった 反省・・・(|||□||| )

DSCN0212.JPG

朝の5時 下から彼女とお兄ちゃんの笑い声がしたので 未だ起きてるんだったら
ママがギブだからラッ君に添い寝してって頼んだのよ 
そしたら 兄ちゃんはラッ君に添い寝してくれて ママは1時間だけ寝ることが出来た
ラッ君はお兄ちゃんが来てくれたから 安心して寝られたのよね
次の日 M先生が開くのを待って 飛び込んだ
もうM先生の待合室でも 震えもしない・・・
何時も震度3位 震えるのにね・・・
でも 又治って元気になってくれると信じて疑わなかったのよ
また ラッ君号で公園に行く積りだったの
先生に うんちが出てないことを告げると ヘルニアの疑いを持たれて
彼方此方調べて下さったね 
膵臓の疑いもあるとの事・・・めちゃめちゃ不安だったよママも
微熱があるので 皮下点滴をしてもらい 吐き気止めも入れてもらって 
一旦家に戻ったのよね

夕方4時ごろから 又 嘔吐が続くので 再度M先生へ駆けつけたわね
行く道 ラッ君公園には 何時ものお友達が何人(犬)か見えた・・・
もうその頃は ワォーンワォーンと今まで聞いたことの無いハスキーな声で鳴き 
その度に 大丈夫だよと励ましたね 駄目だった?もう頑張りたくなかった?
先生が熱を測ると41.2度 高熱だった。。。(。>(ェ)<。)
膵炎の疑いが濃厚 膵炎の治療をしましょうとの事 怖い・・・ママ凄く不安だったわ
点滴は動脈点滴に代わり 1時間以上掛けて注入してもらう
遅くなったので お兄ちゃんが迎えに来てくれたけど
ラッ君は体に力が入らない状態に成っていたね 待合室でぐったりしていたね

もしもお腹の膨らみが ヘルニアだと 手術が必要 それを調べる為には
検査が必要で 検査は2通り 局部麻酔で切って中を見てみるか 
バリウムで検査するかのどちらかだと仰る先生
その説明をお兄ちゃんも一緒に真剣にM先生から聞く
家に戻ってから 夜勤だったパパも含めて全員で 如何するのが一番良いか相談した
局部麻酔で切るのはラッ君が可哀想 どうしても出来ないと言う結論に達して
その日30日の夜は ママも限界だったのでギブ!
寝かせて欲しいと言ったけど 今思うと 言わなきゃ良かった・・・
ちゃんとラッ君を看病すればよかった
でも 31日は仕事がお休みだったお姉ちゃんが 一晩中一睡もせず ラッ君を看病してくれたね
何度も何度も鳴くラッ君を 宥めたり 抱っこしてあやしたり ママを気遣って起こさないよう
一生懸命看護してくれたね 最近は重くなったラッ君をお姉ちゃんは
抱っこできなくなっていたから 嬉しかったでしょうラッ君 
そして朝の6時には 段々と誤魔化しが利かなく成ってきて 
如何やっても訴えて 苦しんでいるラッ君を見ているのはママもお姉ちゃんも辛かったよ
M先生が開くのを待って バリウム検査をお願いしますと言い
ラッ君を預けた・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


朝9時~もし早ければ1時にはお返しできると思いますと言われ
PM 1時に迎に行った 未だバリウムの進行状況が微妙に解り難く
よろしければ5時まで診させてくださいと言われ 泣く泣くラッ君を置いてきた
電話で確認すればよかった・・・
退散する時は 後ろ髪引かれ捲くりのパパとママだったのよ・・・
一緒に帰れないのだったら 顔を見せたくなかった 声を聞かせたくなかった
30日の夜にウンチが絨毯に着いちゃったので ラッ君が帰ってきたら綺麗な絨毯で迎えようと
お天気の良くない中 大洗濯をして コインランドリーに乾かしに行き 
午後5時 ラッ君を迎に行った

最後の日のケージの中

ようやく ラッ君を連れて帰れる!クタクタのラッ君だった
狭いケージの中で点滴を受けながら ずっと鳴いていたようだった
幸いヘルニアにはではなかったと言う説明を聞き安堵した 
手術は免れた 大喜びでラッ君を抱きしめ 帰る
その時も 首はぐったりしていたね だらんと下がる首を支えながら
TVの前にラッ君のお布団を敷いて そこへ寝かせたら
ふっと目をキョロキョロさせて 我が家である事を確認したわね・・・
夕食を食べている間は 大人しく寝ていてくれたラッ君 
夕食後 ママもラッ君の横に添い寝した 何時もは添い寝すると直ぐに逃げて行ったのに 
もう逃げる元気もなかったのよね・・・
TVはMステーションをやっていた ラッ君の横腹に手を置いて
鳴くと ヨシヨシと此処に居るよって撫でてあげると すると不思議なほど鳴き止んだのよね
ついつい TVの曲は聞こえていたが ウトウトしてしまったママ・・・寝なきゃ良かった・・・
気が着くと ラッ君が頭を持ち上げたそうな様子だった でも持ち上がらない様子・・・
HIROママさんから貰ったビーズクッションを咬ましてあげると 気持ち良さそうな表情に変わったね
スースーと寝息を立て始めたのから ママはPCのメールチェックだけしようと
ラッ君に背を向けた格好になった・・・それも後悔しているのよメールなんて見なきゃ良かったって 
その時 ソファーで寝て鼾を掻いていた パパが目を覚ましたから 
「やっと寝たんだから起こさないでよ」とパパに言ったの 
パパはトイレに行ったり お茶を持ってきたりしてTVを見ていたよね
ママもPCに齧りついていた・・・ 
ラッ君は一人で行く準備をしていたのね・・・
次の瞬間 パパが「おぃ!ラッ君息してるか?!!腹が動いてないぞ!」
ママは振り向きながら 「えぇぇぇぇっ!!!」全身の鳥肌が立つのを感じながら 何?なんで?
今寝てたのに!! 聴診器を慌てて持ってきた 心臓の鼓動は微かに聞こえたよ
ドックン ド ッ ク ン   ド   ッ   ク   ン      ド    ッ     ク     ン・・・・・・・・・
「ラッ君!」ちょうど デートから帰ってきた お姉ちゃんを大急ぎで呼んだら 直ぐに飛んできて
3人で代わる代わるに聴診器から聞こえる微かな鼓動を聞いていた
ママはM先生に電話をしていた もう留守番電話になっていた・・・
「息してないんです・・・もし未だ居らしたらお電話ください!」
お兄ちゃんにも電話してみた「息してないけど心臓は少し動いているみたい」
「今 開いている病院に行けよ!」と言うお兄ちゃん・・・
如何したら良いか分からず 無我夢中でルナママさんに電話を掛けてしまっていた
前に一度言った病院に連絡してみたら如何?と言っては下さったが
パパとママは前もって 話し合っていたわけでは無いけれど
これ以上 ラッ君を動かしても ラッ君の辛い時間が増えるだけだと思ったの
泣きながら 3人で代わる代わる 鼓動が消えていくのを 聞いていた 
徐々に硬くなっていく ラッ君ラッ君ラッ君・・・・・・・・・・・・゚・(*ノへ`*)・゚・。  
こんな事に成るのなら 今日の検査なんてしなきゃ良かった 
ずっと今日一緒に居ればよかったね
辛かったねごめんね ごめんね ごめんね
もう痛くないよ 辛くないよ よく頑張ったね ラッ君 そこに居た皆で言ってあげた 
今まで偉かったね

何日か前に日記でラッ君の介護でいっぱいいっぱいになっている私は 
「思うこと」と言う日記を書いた・・・ それをラッ君は読んだのかしら・・・
これ以上ママに負担を掛けてはいけないと思ったのかしらと 
後悔の念に潰されそうになった
程なくして smatiさんが駆けつけてくださった

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パパと二人でラッ君を指定席の近くに移した後だったね
呆然とするママの目にsmatiさんの顔が見えた 未だ暖かいのよ・・・
息してないの 起きてくれないの・・・
何をしたら良いか分からないので smatiさんに色々教わったわ 頭が真っ白の中
パソコンで棺を探す 葬儀社を探す・・・ 
慌てて帰ってきたお兄ちゃんの予定も聞きながら
お姉ちゃんの予定も聞きながら 探す
一軒目は駄目だった 遠い所迄行かなきゃならない上にお昼間しか火葬の時間が無い
ルナママさんも到着 色々教わって 氷や保冷剤で体を守ったけど

未だ暖かく柔らかいラッ君の体に 氷や保冷剤を当てるのにママは少し抵抗を感じたわ・・・
でも 腐らないようにしなくては 2日間持たないし 
パニックで呆然としている私の変わりに ルナママさんが楽天仲間に連絡してくださったのね
次の日は朝から皆さんが駆けつけてくださって お別れをしてくださったわね
朝一番にお爺ちゃんとお婆ちゃん さくらパパさん御夫妻 三河から犬太母ルナママさん
smatiさん 神戸から blabonさん めいママ オルソンさん 叔父 ご近所の方3軒
パパの弟の嫁(義妹)  
賑やかな一日になったわね 皆で棺に飾り付けをしてくださったり 
お花がどんどん届いて部屋に置き切れない程になったわね
沢山の折鶴を折って下さったのは ルナママさんsmatiさんめいママさん
犬太母さくらパパさんママさんオルソンさんblabonさん

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お花もいっぱい 折り鶴にも囲まれた

ルナママさんがドライアイスを家の近くで調達してきてくださって
smatiさんとルナママさんが棺をHCまで探しに行ってくださって 
ドライアイスを並べて ラッ君を置く台を作り
皆でラッ君を棺に移し ラッ君の体にドライアイスと保冷剤を並べ
暖かく優しい仲間に見守られて ラッ君は旅立ちました

オルソンさんの日記 ありがとう ラッくん詳しく動画や画像があるので見てね。
そして2日の荼毘に付される日は
どうしても仕事が終わらないお兄ちゃんの為に
朝お別れして行ったと言うお兄ちゃんだったけど 
折鶴の中に 昨夜まで無かった お兄ちゃんの名前の書かれた折鶴が・・・
それを見た途端 ママの涙は滝の様に流れ出し
やっぱりラッ君も お兄ちゃんに見送って欲しいだろうと思って 
葬儀屋さんにもう一度相談してみようとTEL
時間を 夜の10時に快く変更して下さったアイムペットさん (移動火葬社さん)

折鶴と

最後だね

朝からは 同じ京都のk-mugaさん ココママご夫妻
時間が変更に成ったと言う連絡を聞いて 神奈川から駆けつけて下さった
りらっくまこちゃんご夫妻にも 見送られながら 

お祈り

バイバイ


偶然にも
ラッ君公園の 何時もラッ君がシーとウンをする樹と樹の間で荼毘に付されました。
ルナママさんの日記 本当に最後ね詳しく動画や画像があるので見てね。
ルナママさんの日記 思い出を綴って・・。「1日の動画追加」詳しく動画や画像があるので見てね。


半月のお月様が綺麗な夜空だったね
神奈川へ帰るリラクマさんご夫妻とルナママさんをお見送りしてから
家族全員でお骨に成ったラッ君を拾い集め骨壷に詰て 
小さくなっちゃったラッ君を抱きしめた もうちっちゃく成っちゃったね
お姉ちゃんはアイムペットさんに教えていただいた 小さな骨壷を購入し
お部屋に置くと言い犬歯や小さな骨を集めて居ました
そして 次の日から沖縄旅行だったお姉ちゃんは 
犬歯をピルケースに詰て沖縄へ出発したよ
綺麗な海見れたね

3日ママは毎月の検診でした 行く前はお金とデジカメと日傘を持たないとって思っていたのに
いざと成ると家を出るとき 何も持って居なかった・・・
何時もならしているリズムが崩れて 何をしているのか分からなかった 
ぽっかり胸に穴が空いたみたいに
今日は心配なラッ君を残して出かけなくてもいいと言う 安心感からなのか
待っててねって祭壇のラッ君に声を掛けて バスに乗って病院へ行くバスの中
今このバスに乗っている人の中で こんなに悲しい思いをしているのは私だけかな~と思うと
悲しくて涙が溢れそうで下を向いたり上を向いたり・・・
回数券がなくなっていたので 
買おうと 運転手さんに「診察券下さい」と 言い間違えてしまったのよ
ボケてるわね。。。
その時 お財布にお金が入ってないことにも気が付いたの・・・困ったわ・・
考えた挙句
採血だけ済ませて 一旦 家に帰ろうと思いついた 
どうせ 何時も採血の結果が出るまでに とても時間が掛かるし
とんぼ返りで 家に戻るその途中 綺麗なひこうき雲を見つけたのに
デジカメがない 家に戻ってお金とデジカメを鞄に入れ
とんぼ返りで病院に戻る途中 空を見上げたけど もうひこうき雲は無い・・・
イケメンDrは痩せたねって言ってくださったけど その直ぐ後から
何か有った?と聞いて下さって ラッ君が31日に亡くなった事を言ったの・・・
幸い 中性脂肪は今までに無いほど良好だったよ!
退院の時の1年前に比べたら体重も5キロ減 
でも食べないのは 駄目だから いいものを少しづつ食べるんだよって言って下さった
ご自分も愛犬を亡くされた経験があるそうで 気持ちを察してくださっているようでした

3日の夕方 実母が叔母の家から帰る途中 立ち寄った

もう二度と子供たちが飼おうと言っても 犬をかわんとおきや!(飼うな)って釘を刺された・・・
頭を鉄鎚で叩かれた気がした 寂しかった
15年弱 一緒に暮らしてきた家族を失ったばかりで
4年間 付きっ切りの介護をしてきた私 その介護するラッ君を失ったばかりの
今 そんな事を言う母は なんと言う人間なんだろう・・・って思った
実の母親ながら 耳を疑った 
何時の日か 又ラッ君に巡り会う日が来るかもしれないと思っていたのに?

4日 今日は
ラッ君が逝ってしまってから 初めてのパパの夜勤の日
昨日は目覚めてから 一人でも何とも無かったのに・・・
今日は何時ものように遅い朝食を作っていた 
大体何時も一緒 トーストにゴールドキューイ パパには目玉焼き
私はヨーグルト・・・・・
そうしていると 不意に涙が零れだして 止まらなかった
何時もパパの横で出来たご飯を少し貰おうと一緒に待っているラッ君の顔を思い出した
お皿をテーブルに運んで食べようとするのだけど 嗚咽してしまって食べられない
止まらない 我慢できない パパも困った顔をしていた
でも黙って泣かせてくれた・・・
祭壇を作らないとねって相談すると ラッ君が何時も寝ていたカウンターの下に作ろうと決定
早速HCに台になる縁台を買いに行ってくれた 私はやめておいたのよ
行くときっと泣いてしまうから パパが嫌がるものね・・・
ラッ君と何時も行ったHCだと 思い出してきっと涙が溢れるに決まっているし

そして 立派な祭壇が出来たよ お花や玩具や写真やご飯が一緒に置ける
祭壇が完成したよ ラッ君♪よかったね 此処から何時も皆を見ていられるね
寂しくないでしょ ママも寂しくないよ ラッ君は何時もママの側に居てくれるものね
ただ 唯一の後悔は あの何日か前の日記と亡くなった日の検査・・・
これをするべきではなかったと 深く反省しているから許してね ラッ君 
何時までも愛しているよ 何時かきっと また逢おうね

ラッ君号虹の橋へ★

Hiroママさん作 虹の橋へ向かう新しいラッ君号♪


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